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●戦後復興は昭和天皇 の全国ご巡幸から 始まった!! ☆大東亜戦争の責任を 一身に負われ、 国民を慰め励ましたい御心で ご視察日数165日、 全コースは3万3千キロに およんだ! ◎ 戦の わざはひうけし 国民を おもふこころに いでたちてきぬ ◎ わざはひを わすれてわれを 出むかふる 民の心を うれしとぞ思ふ ◎ 国をおこす もとゐとみえて なりはひに いそしむ民の 姿たのもし (昭和21年の昭和天皇御製) 「全国ご巡幸の大御心」 昭和天皇は、戦にやぶれ焦土と化した全国を巡り、国民を励ましたいとの、ありがたい次のような思召しを終戦の年の10月侍従に告げられた。 『この戦争によって祖先からの領土を失い、国民の多くの生命を失い、たいへんな災厄を受けた。この際、わたくしとしては、どうすればいいのかと考え、また退位も考えた。しかし、よくよく考えた末、この際は、全国を隈なく歩いて、国民を慰め、励まし、また復興のために立ちあがらせる為の勇気を与えることが自分の責任と思う。わたくしとしては、このことをどうしてもなるべく早い時期に行いたいと思う。ついては、宮内官たちはわたくしの健康を心配するだろうが、自分はどんなことになってもやりぬくつもりであるから、健康とか何とかまったく考えることなくやってほしい。宮内官はそのことを計画し実行してほしい』 昭和天皇をお迎えした国民のよろこびはたいへんなものでした。戦後67年、現在の日本がみごとに復興を果たした最大の原因は、あの大東亜戦争の責任を一身におわれ、国民を慰め励ましたい御心で、巡礼の行脚そのままに全国を行幸され、国民を感激させ奮い立たせたからでありました。そのことは、ご巡幸の際に接した多くの国民の声が証明しております。 ![]() ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ![]() ■昭和天皇の全国ご巡幸(39) 《島根県》 (昭和22年11月29~12月1日) 御製 老人をわかき田子らのたすけあひて いそしむすがた たふとしとみし (伊波野村湿田の作業を天覧されて・11月30日) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 【行幸の日・スト解決】 日立製作所安来工場では29日、行幸を機に2ヶ月にわたるストを解決し、労資手を握り合って生産増強に乗り出そうと喜びの冷酒をくみかわした。日立系全国22工場とともに赤字補充の賃上げを要求して安来工場労組が立ち上がったのは去る9月30日、スト中同組合では作業こそ休んだが、経営委員会を作って同工場の生産赤字追放に知能をしぼり、首切りを伴わない黒字案を会社側に提示、すべてを解決して陛下をお迎えしたいとの熱意が通って、会社側の協力で黒字案が出来上がり、日立労組総連合からの要求に対して、会社側回答があり、28日の組合総会で円満妥結、29日西下した倉田社長、石井組合長らとの間に話し合いがついたもの。(朝日新聞) 【にじり寄る盲学生 心耳に聴いた玉のお声】 県立盲啞学校の生徒たちが松江市立高女と大手前広場の歓迎場で、特に陛下に間近かな前列でお迎えしたが心眼に見た陛下のお姿、心耳に聴いたお声―― 木下茂君(中等部4年) 「今日ほど目の見えないのが口惜しかったことはない。せめてお声なりともと思っていたが陛下のお足音が聞こえて来た瞬間、我知らずジリジリ前に進みハッとした。もう生神様ではないと思っても、心の鏡には長い間映っていた気持ちがとれず、身体が何となくしびれるようだった」 栗原恒子(中等部3年) 「新聞や写真で見たお顔、お姿とちっとも変りなかった。にっこりお笑いになるごとに一言二言お話になるのがどうしても聞こえないのが口惜しかったが元気にしっかり勉強するように、と仰ったのだと教えて貰い大変うれしかった」(朝日新聞) 【やっぱり天皇は神だった・・・】 (片倉工業㈱松江工場) その時「何という神々しいお方だろう、やっぱり人間ではない、神様だ」――「いや全く神様だ」という言葉が感歎のうめきとなって囁き交されるのが、私の耳に入った。これは一体どうしたというのだろう。自ら進んで神格を放棄して一個の人間となられた天皇を、今度は国民が神様だと言う。人情の機微はここに至って極まる。神様だ神様だと無暗に押し付けられると、おとなしいものでも、たまには、何だ只の人間じゃないか、変に勿体をつけて、くそ面白くもないと反発心も手伝って天邪鬼(あまのじゃく)的に否定したくなるものだが、一切の強いられた虚飾を捨て去られた赤裸々な天皇の前には、思わず「神様だ」という叫びも出て来ようというものである。これが人情の自然であり、人間心性の偽らぬ姿なのだ。私はこの意味の神様なら、天皇も微笑をもって受けられるに違いないと思って心やすまるものを覚えた。 【陛下の御会釈に強い感動】(国立浜田病院) 看護婦 佐 々 木 雪 枝 「お大事に」と優しきお言葉賜いけり 夢にはあらじ、夢にはあらじ 深々と会釈を賜うかしこさに 頭上げ得で御足音きく 看護婦 川 年 豊 子 引揚の老いたる一人手を合せ 拝みて泣きぬ君のみすがた ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ★昭和聖徳記念財団 昭和聖徳記念財団ホームページ ★昭和天皇・マッカーサー会談の「事実」 ---敵将を心服させた昭和天皇の御聖徳 日本政策研究センター・アーカイブス ■昭和天皇の全国ご巡幸 《鳥取県》(38) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《富山県》(37) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《石川県》(36) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《福井県》(35) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《山梨県》(34) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《新潟県》(33) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《長野県》(32) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《栃木県》(31) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《福島県》(30) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《山形県》(29) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《秋田県》(28) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《青森県》(27) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《岩手県》(26) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《宮城県》(25) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《京都府》(24) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《兵庫県》(23) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《和歌山県》(22) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《大阪府》(21) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《茨城県》 (20) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《岐阜県》 (19) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 《愛知県》 (18) 日本の心を育むネットワーク ■昭和天皇の全国ご巡幸 (17~) 日本の心を育むネットワーク ![]()
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